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 誰かが階段を登ってくる足音で目を覚ました。扉をノックする音が部屋に響く。壁は夕日で茜色に染まっていた。
「……母さん?」
 まるで空気に話しかけたかのように無反応。少しして、ノックが幻聴だったのではないかと疑い始めた頃にやっとレスポンスがあった。
「ねぇ、憶えてる?」
 そう、扉の向こうから声がする。
 さてどうしたものか、なんて悩みもせず。僕は、憶えてる、と即答していた。
 扉の向こうで、彼女が安堵したような息を漏らしたのが聞こえる程度に静かな夕暮れ。
「入っていい?」
「あ、うん。どうぞ」
 ゆっくりと扉が開く。彼女は部屋に入ると後ろ手に戸を閉めた。
「……ただいま」
「おかえり」
 上体を起こしあぐらをかいて、そう答える。
 久しぶりに見る彼女は、ずいぶんと美人になっていた。肩にかかった黒髪が揺れる。胸元で十字のペンダントがきらりと光る。
「ねえ、出かけようよ。私、街のことほとんど憶えてないし」
「……そうだね。案内しようか」
 僕は立ち上がり、彼女と一緒に階段を下りる。
「あら出かけるの?」
 奥の台所から母さんの声が聞こえてきた。姿は見えない。
「軽く、街を案内しようと思って。いろいろ変わったから」
「晩ご飯はうちで食べるの?」
 母さんにそういわれ、そうかそんな時間に重なるのか、と気がつく。
「どうする?」
 彼女に聞いてみる。
「外で食べようよ」
 僕はそうだね、と相づちを打ち、母さんに外で食べてくると伝えて家を出た。