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 彼女がこの街を出て行ったのは、もう十年近く前のことになる。
 思い出の大半は二人とも幼稚園児で、彼女はよく家に遊びに来ていたし、反対に僕が彼女の家へ遊びに行くこともあった。二人で外に出かけたこともある。けど彼女が家に来たときの記憶が多いのは、きっと僕が家から出たがらなかったからだろう。
 その彼女が三日後にこの街へ帰ってくる、という話を母から聞かされたのがちょうど三日前のことだ。隣の家では今まさに、引っ越し作業が行われている。
 彼女は、僕のことを憶えているだろうか。
 僕の方はどうか、といえばこの通り。彼女の容姿だけはおぼろげに憶えているけれど、他は名前すら思い出せないような有様だ。それでいて、相手に憶えていて欲しいなんて考えている。これでは彼女がもし憶えていても、かえって居心地が悪い。いっそのこと忘れてくれた方が楽かもしれないな。
 そんな事を思いながら、僕は何も無い部屋で仰向けに寝ていた。
 寝転がったまま、彼女が来てくれるのではないかと期待していた。来られてもどうすればいいのか、わからないけれど。
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