troia
+day(5)
エイリファスの作ってくれた朝食を食べていると、エレンが起きてきた。
エレンが銃を向けたときは少し焦ったが、「人違いだったよ」と言うとすぐに大人しくなった。
昼食は三人で近くのイタリアンレストランへ。なかなか美味しかったが、こんな村で儲かっているのだろうか?
その事を年老いた店主に聞くと、昔は都会の方に店を持っていたのだが、数年前にこちらに移転したらしい。今でも昔の客が来てくれて生活はできているそうだ。
結局、午後三時頃までその店に居た。
レストランから彼女の家に戻ると、すぐにガラス屋が来て玄関のドアを直していった。もちろん全額を負担することになったのだが……安く済むといいなぁ。
そうして。
『さようなら』と、手を振るエレンにエイリファスは小さく手を振って答えていた。
「ヴィスさん」
「ん?」
村を出てからすぐ、後部座席のエレンに話しかけられた。
「その……エイリファスさんとは知り合いなんですよね?」
「まぁ、そうだな」
「どこで、知り合ったんですか」
バックミラーを見ると、下を向いて話す少女が見えた。
「……数年前に、ある大企業の重役を殺害して欲しい、と依頼が来た」
――
そう、あれは数年前の冬。空気まで凍ってしまいそうなある日の事。
その男は都心に近い所に建つ高層マンションの最上階に住んでいた。
そのマンションは、A棟とB棟の二つから構成され、男が住んでいるのはB棟。A棟より若干低い。
二つの棟の間は30m程度。
午後10時。男の自動車がマンションの地下にある駐車場へと入っていくのを確認したのはA棟の屋上に立っている男――俺だ。
帰ってきたらすぐにシャワーを浴びる、と著書の中で男は語っていた。それが偽りでも、風呂には入るだろう。
左手をズボンのポケットに突っ込んだまま、三脚で固定したライフルのスコープを覗く。と同時に、首筋に冷たく固い物が突きつけられた。
その冷たさは、生物の生を奪う為か。
『……っ動くな』
微かに震える細い声は、女のソレだ。
自由な右腕の肘で女を強く突き、そのまま反転。女の方を向き下から掌底でアッパーを喰らわす。
女は倒れ、手から刃渡り12cm程のナイフが飛び出した。とりあえず回収しておく。
再びスコープを覗けば、今まさに男が入ってきたところ。
男は、中央のクロスより少し右上で、シャツを脱いでいる。浴室の入り口は向かって左。と言うことは確実に中央を通るはず。
男が全ての服を脱ぎ、移動を開始する。
……引き金を引くだけで、あっさりと仕事は終わった。
あとは、この棟の9階に借りておいた部屋に戻るだけ。
『……よくも……』
撤回。仕事はひとつ増えた、むしろひとつ増えていた。
後ろを向けば、さっきの女。左手に握られているのは別のナイフ。
こちらは右手に先程回収したナイフを逆手に握る。
一瞬の沈黙の後、女は腕をいっぱいに伸ばし飛び込んでくる。
その左腕を左手で流し、後ろから羽交い締め。
「うわっ放せっ」
じたばたする若い女。
「まぁ落ち着け。とりあえずナイフ放せ」
「……〜〜」
すると少しだけ唸って、女はナイフを手放した。意外と素直なのか?
「ちょっ、放してよ」
「ん……ああ、そうだったな」
そう言って解放してやる。
女は、はぁ、と小さく溜息を吐き縁へと歩いていく。
そんな様子を一瞥し、ライフルの分解作業を始める。
「……ねぇ」
少しして、突然話しかけられた。
「なんだ?」
作業を中断し答える。
「私を殺したりしないの?」
「そりゃ、理由がない」
なんだ、そんなことか。そう思って作業を再開した。
「なんで? 私はあなたを殺そうとしたのよ?」
「お前が俺を殺す理由はもう無いだろう? お前が俺を殺そうとしないから、俺だって殺そうとは思わない」
荷物をまとめて立ち上がり、マンションの中へと続く扉を開く。
女は屋上の縁に腰掛け、片足を外に放り出している。
そんな彼女が少しだけ気になって。
「あんまり遅くまで外にいると風邪引くぞ」
なんて、声を掛けたりしてみた。
――
「と、こんな感じだ」
「……それだけ、ですか?」
「いや、その後なんだかんだ言って俺の部屋まで来て『腹減った』って言うからパスタを茹でてやった」
「なんか、すごい話しですね」
「そう……だな」
今更だが、確かに凄い話しだと思った。
エレンが銃を向けたときは少し焦ったが、「人違いだったよ」と言うとすぐに大人しくなった。
昼食は三人で近くのイタリアンレストランへ。なかなか美味しかったが、こんな村で儲かっているのだろうか?
その事を年老いた店主に聞くと、昔は都会の方に店を持っていたのだが、数年前にこちらに移転したらしい。今でも昔の客が来てくれて生活はできているそうだ。
◇
結局、午後三時頃までその店に居た。
レストランから彼女の家に戻ると、すぐにガラス屋が来て玄関のドアを直していった。もちろん全額を負担することになったのだが……安く済むといいなぁ。
そうして。
『さようなら』と、手を振るエレンにエイリファスは小さく手を振って答えていた。
◇
「ヴィスさん」
「ん?」
村を出てからすぐ、後部座席のエレンに話しかけられた。
「その……エイリファスさんとは知り合いなんですよね?」
「まぁ、そうだな」
「どこで、知り合ったんですか」
バックミラーを見ると、下を向いて話す少女が見えた。
「……数年前に、ある大企業の重役を殺害して欲しい、と依頼が来た」
――
そう、あれは数年前の冬。空気まで凍ってしまいそうなある日の事。
その男は都心に近い所に建つ高層マンションの最上階に住んでいた。
そのマンションは、A棟とB棟の二つから構成され、男が住んでいるのはB棟。A棟より若干低い。
二つの棟の間は30m程度。
午後10時。男の自動車がマンションの地下にある駐車場へと入っていくのを確認したのはA棟の屋上に立っている男――俺だ。
帰ってきたらすぐにシャワーを浴びる、と著書の中で男は語っていた。それが偽りでも、風呂には入るだろう。
左手をズボンのポケットに突っ込んだまま、三脚で固定したライフルのスコープを覗く。と同時に、首筋に冷たく固い物が突きつけられた。
その冷たさは、生物の生を奪う為か。
『……っ動くな』
微かに震える細い声は、女のソレだ。
自由な右腕の肘で女を強く突き、そのまま反転。女の方を向き下から掌底でアッパーを喰らわす。
女は倒れ、手から刃渡り12cm程のナイフが飛び出した。とりあえず回収しておく。
再びスコープを覗けば、今まさに男が入ってきたところ。
男は、中央のクロスより少し右上で、シャツを脱いでいる。浴室の入り口は向かって左。と言うことは確実に中央を通るはず。
男が全ての服を脱ぎ、移動を開始する。
……引き金を引くだけで、あっさりと仕事は終わった。
あとは、この棟の9階に借りておいた部屋に戻るだけ。
『……よくも……』
撤回。仕事はひとつ増えた、むしろひとつ増えていた。
後ろを向けば、さっきの女。左手に握られているのは別のナイフ。
こちらは右手に先程回収したナイフを逆手に握る。
一瞬の沈黙の後、女は腕をいっぱいに伸ばし飛び込んでくる。
その左腕を左手で流し、後ろから羽交い締め。
「うわっ放せっ」
じたばたする若い女。
「まぁ落ち着け。とりあえずナイフ放せ」
「……〜〜」
すると少しだけ唸って、女はナイフを手放した。意外と素直なのか?
「ちょっ、放してよ」
「ん……ああ、そうだったな」
そう言って解放してやる。
女は、はぁ、と小さく溜息を吐き縁へと歩いていく。
そんな様子を一瞥し、ライフルの分解作業を始める。
「……ねぇ」
少しして、突然話しかけられた。
「なんだ?」
作業を中断し答える。
「私を殺したりしないの?」
「そりゃ、理由がない」
なんだ、そんなことか。そう思って作業を再開した。
「なんで? 私はあなたを殺そうとしたのよ?」
「お前が俺を殺す理由はもう無いだろう? お前が俺を殺そうとしないから、俺だって殺そうとは思わない」
荷物をまとめて立ち上がり、マンションの中へと続く扉を開く。
女は屋上の縁に腰掛け、片足を外に放り出している。
そんな彼女が少しだけ気になって。
「あんまり遅くまで外にいると風邪引くぞ」
なんて、声を掛けたりしてみた。
――
「と、こんな感じだ」
「……それだけ、ですか?」
「いや、その後なんだかんだ言って俺の部屋まで来て『腹減った』って言うからパスタを茹でてやった」
「なんか、すごい話しですね」
「そう……だな」
今更だが、確かに凄い話しだと思った。