troia
+day(1)
なんだか、急に疲れた。
暗い路面がヘッドライトの白い光に照らし出され、その上に描かれた白線は車体の下へと吸い込まれていく。
男がアパートの自室へと戻ったのは午後7時のことだ。
ベッドルームまで行く気力もなく、鍵も閉めずに居間の白いソファーに倒れ込む。
――それは、ある秋の日。
午後5時10分に会社を出た。これといった予定はない。たまには街をぶらつくのもいいかもしれない。
夕日に照らし出されるビルの群れ。
その間の道を歩く人、人、人。
みんなが予定に追われ、忙しく歩き回っている。
その中に居て、目的も無くぶらつく事はなかなか魅力的であった。
日が落ち、大半の店が照明をつける。
ビルの壁に埋め込まれた巨大なディスプレイや自己主張の強い広告を見ていると、その中に知っている文字列を見つけた。
Troia
確かポストに広告が入っていた。飲食関係の店だと思うが。
一瞬入ろうかと考え、辞めた。
歩くことを再開し、都市の中心部に近づいていく。
『ちょっと』
後ろから肩を叩かれた。背筋がゾッとする。
「何ですか?」
振り返ると、そこには黒いサングラスをつけた黒人の男が立っていた。
「一緒に来て貰えませんか」
低い声だ。
「ええ、いいですよ」
男の問にできる限り明るく答える。
男に連れられ、入ったの店はTroiaだった。
バーである。
薄暗い店内には紺に細い縦縞の入ったスーツを着ている太った男が一人、それを囲むように黒いスーツを着た男が数人立っていた。
「なんですか」
「いやぁ、君の話は仲間から何回も聞いてね。仕事を頼もうと思うんだ」
「いいですよ、まず用件を聞きましょう」
「ああ。知ってるかね、エイリファスという女だ」
そうして、男との交渉は始まった。
「エイリファス……さぁ、知りません」
まったく聞いたことのない名前だ。
「エイリファス・クロイツ、君の同業者だ。元陸軍少尉」
同業者というのはつまり。
「殺し屋?」
「ああ、そうだ」
そう言って、男は懐から一枚の写真と紙切れを取りだし、テーブルの中央に置いた。
「なんでまた?」
その写真と紙切れを取る。写真には軍服を着た女性が映っていた。
「理由など関係ないだろう? 君は金を積めば何でもやる、というから雇おうと思ったんだ」
「……わかりました。彼女を殺ればいいのですね?」
「そうだ。住所はその紙に書いてある」
「期限は?」
「今日の5時30分から96時間後、ここに」
移動時間を考えると今から90時間ほどで終わらせなければいけない。
「成功報酬は?」
「180,000$」
「手付け金は」
「2,000$」
横に立っている男が机の上に封筒を置く。
「わかりました」
それを受け取り、席を立ち出口に向かって歩き出す。まず車の準備をしなければ。
「待て」
「なんですか」
出口近くで止まる。
「この子を連れて行け」
そう言うと、男は、スーツの群れに隠れていた少女の背中を押した。
見た感じ10歳くらい……か。
白色の長袖ハイネックのシャツに、デニム地のスカートを履いている。
長い黒髪と、おなじように黒い瞳。
表情のない顔。
「この子ですか?」
とても正気とは思えない。
「ああ、育成中の殺し屋候補だ。一度現場を見してやってくれ」
「足手纏いです」
「成功報酬に50,000$足そう」
「……無事は保証しませんよ?」
「そんな事、百も承知だ」
男はそう言った後、少女の背中を再び押す。
それに対し反抗することもなく、少女はこっちに来た。
時計の針は5時34分を示す。
タイムリミットまで、89時間と56分。
暗い路面がヘッドライトの白い光に照らし出され、その上に描かれた白線は車体の下へと吸い込まれていく。
男がアパートの自室へと戻ったのは午後7時のことだ。
ベッドルームまで行く気力もなく、鍵も閉めずに居間の白いソファーに倒れ込む。
――それは、ある秋の日。
toria 〜 +day 〜
午後5時10分に会社を出た。これといった予定はない。たまには街をぶらつくのもいいかもしれない。
夕日に照らし出されるビルの群れ。
その間の道を歩く人、人、人。
みんなが予定に追われ、忙しく歩き回っている。
その中に居て、目的も無くぶらつく事はなかなか魅力的であった。
◇
日が落ち、大半の店が照明をつける。
ビルの壁に埋め込まれた巨大なディスプレイや自己主張の強い広告を見ていると、その中に知っている文字列を見つけた。
Troia
確かポストに広告が入っていた。飲食関係の店だと思うが。
一瞬入ろうかと考え、辞めた。
歩くことを再開し、都市の中心部に近づいていく。
『ちょっと』
後ろから肩を叩かれた。背筋がゾッとする。
「何ですか?」
振り返ると、そこには黒いサングラスをつけた黒人の男が立っていた。
「一緒に来て貰えませんか」
低い声だ。
「ええ、いいですよ」
男の問にできる限り明るく答える。
◇
男に連れられ、入ったの店はTroiaだった。
バーである。
薄暗い店内には紺に細い縦縞の入ったスーツを着ている太った男が一人、それを囲むように黒いスーツを着た男が数人立っていた。
「なんですか」
「いやぁ、君の話は仲間から何回も聞いてね。仕事を頼もうと思うんだ」
「いいですよ、まず用件を聞きましょう」
「ああ。知ってるかね、エイリファスという女だ」
そうして、男との交渉は始まった。
「エイリファス……さぁ、知りません」
まったく聞いたことのない名前だ。
「エイリファス・クロイツ、君の同業者だ。元陸軍少尉」
同業者というのはつまり。
「殺し屋?」
「ああ、そうだ」
そう言って、男は懐から一枚の写真と紙切れを取りだし、テーブルの中央に置いた。
「なんでまた?」
その写真と紙切れを取る。写真には軍服を着た女性が映っていた。
「理由など関係ないだろう? 君は金を積めば何でもやる、というから雇おうと思ったんだ」
「……わかりました。彼女を殺ればいいのですね?」
「そうだ。住所はその紙に書いてある」
「期限は?」
「今日の5時30分から96時間後、ここに」
移動時間を考えると今から90時間ほどで終わらせなければいけない。
「成功報酬は?」
「180,000$」
「手付け金は」
「2,000$」
横に立っている男が机の上に封筒を置く。
「わかりました」
それを受け取り、席を立ち出口に向かって歩き出す。まず車の準備をしなければ。
「待て」
「なんですか」
出口近くで止まる。
「この子を連れて行け」
そう言うと、男は、スーツの群れに隠れていた少女の背中を押した。
見た感じ10歳くらい……か。
白色の長袖ハイネックのシャツに、デニム地のスカートを履いている。
長い黒髪と、おなじように黒い瞳。
表情のない顔。
「この子ですか?」
とても正気とは思えない。
「ああ、育成中の殺し屋候補だ。一度現場を見してやってくれ」
「足手纏いです」
「成功報酬に50,000$足そう」
「……無事は保証しませんよ?」
「そんな事、百も承知だ」
男はそう言った後、少女の背中を再び押す。
それに対し反抗することもなく、少女はこっちに来た。
時計の針は5時34分を示す。
タイムリミットまで、89時間と56分。