Trash Basket Notebook
--page16:戦闘機

 12月も半ばを過ぎた頃。
 彼女――シムラ中尉は、基地の二階にある第二飛行隊長の部屋にいた。
 もちろん隊長に呼ばれて、だ。
 暖炉には火が入れられ、部屋の空気を暖めている。彼女はその暖炉の前に立っていた。前方には立派な机。隊長はその向こうで、革張りの椅子に座っている。その背後の窓からは、しんしんと降り続ける雪が見えた。
「知っていると思うが、昨日ある男がこの基地にやって来た」
 そのこと――『彼』のことは彼女も知っていた。
 待機室に張られた撃墜スコアのランキング。『彼』はその一番上に載っている男の二番機。
「その男を君の部隊に編配属することが決まった。これが彼に関する資料だ」
 隊長はそう言って白い封筒を差し出してきた。
彼女は一歩進んでそれを受け取り、また一歩下がると、一礼して隊長の部屋を出た。
 暗い基地の廊下を歩き、通路を曲がったところで立ち止まる。もちろん封筒の中身を見るために。
 封を破り、中に入った紙を取り出す。そこに『彼』の名前を確認すると、彼女は満足そうに微笑んだ。

   *

 目覚めは最悪だった。
 けたたましく鳴るベルの音。それがスクランブルのベルだと気づくのに秒はかからなかった。
 寝ていたベッドから跳ね起き、所属部隊が決定されるまでとあてがわれた部屋から飛び出すと、そこには珍しい女パイロットが立っていた。
「ちょうどよかった。中隊長のミカ・シムラ、中尉よ。すぐ飛べる?」
 どうやら、眠っている間に部隊が決まっていたらしい。
 彼女の後ろには、同じ隊のパイロットとおぼしきゴツイ二人の男が立っていた。
「大丈夫だ」
「行くわよ、ついて来なさい」
 なんだこの女、とは思っても言えない。早足ですすむ彼女の後を行くと、ついたのは雪がちらつくエプロンだった。
 草むらの向こうに見える滑走路から味方の戦闘機が飛び立っていく。レシプロエンジンの心地よい爆音を響かせながら。

「なにしてるの、こっちよ」
 前を見ると、彼女との間には十数メートルの距離が空いていた。駆け足でその距離を詰める。
「あっちの機体じゃないのかよ」
 近くに駐機してある機体を指さして聞く。すぐにでも離陸できる状態に調整してあった。
「……上官に対してあんまりな口の利き方じゃない? まあいいけど。ウチで使う機体は奥にある格納庫の中。行くわよ」
 格納庫の中には四機のBf-109が用意されていた。胴体にはちゃんと自分たちの国旗が描かれている。
「……こりゃ、敵の機体じゃないのか? こんなもん使っていいのかよ」
「機種に388って書かれているのがあなたの機体だから」
 無視ですか。
 彼女は388の隣に停まっている352に乗り込む。俺の後ろにいた二人の隊員は、奥の二機へと駆けていった。
「早く乗って。他の隊員はもうとっくに上がってるわよ」
 他の隊員というのは、ここにいる4人以外の8人のことだろう。中隊は12人で組織されることが多いのだ。
「それとあなたは私の二番機だから、上がってからもちゃんとついて来なさいよ」
 彼女はそう言うとエンジンを掛けた。彼女の機体がゆっくりと動き出し、俺も遅れまいとエンジンを掛けた。

   *

 格納庫から出て、滑走路まで移動する。そっと右後ろを見ると『彼』は格納庫での位置関係を乱すことなくそこにいた。
 さすがは噂の二番ね。でも、判断するにはまだ早いかしら。
 滑走路について、一度停止してからスロットルを上げる。エンジンの音が大きくなり、機体の振動がいっそう激しくなる。
 コクピットに行儀よく並んだ計器たちが元気よく動き始める。
 離陸時の振動の中で計器の針を読み取るのは至難の技だが、出撃数を重ねるにつれて、機首を上げるタイミングが体に染みこんできた。最近では計器の数字を細かく見ることはない。
 離陸するのに十分な速度に達したところで機首を上げる。
 揺れが収まり、何度経験しても慣れることのない浮遊感とシートが自分を包み込む感覚だけが世界を覆う。
 もう一度後ろをみると、相変わらず位置関係を維持したまま『彼』がいた。

   *

 雲を抜けると、無線が入ってきた。
「二番、ちゃんとついて来ているか」
 空に上がると、中尉の口調が変わっていた。声色からも、緊張が伝わってくる。
「ああ、見えてるだろ」
「10時の方角に見える編隊がウチの中隊だ。合流するぞ」
 10時方向に目をやると、小さな点がいくつも集まっているのが確認できた。
 中尉の機体が左に傾き、旋回を始める。その動きを重ねるように、俺も10時方向へ機種を向けた。

「全員いるな」
 彼女はそう言って隊員が揃っているのを確認すると、さっそく指示を出し始めた。
「爆撃機と交戦するまであと3分。ここからは、いつものように小隊毎に分かれて行動する。リチャード隊は上で待機、カーベリー隊と私たちは戦闘機を爆撃機から引き剥がすから、他はその隙に爆撃機を叩け。編隊はいつでも役を代われるよう、余裕をもって組め」
 彼女がそう言うと、無線からは「了解」という声がいくつか返ってきて、二機の戦闘機がさらに上空へ行く。あれがリチャード隊の二機なのだろう。続いて四機がまた上空へ位置を変えていく。
「ティムはジミーと組んで爆撃機の土手っ腹から仕掛けろ。残弾数には気をつけろよ」
「了解」
 そう言って、また二機が離れていく。
「それじゃ、私たちも行くぞ」
「やけに張り切っているな。いつもそうなのか?」
 別になんのことはない、任務前の雑談のつつもりだったが、しばらくの間、中尉は答えようとしなかった。
 だから俺は、なんかまずいことでも言ったかと思った。
「……そうかもね」
 彼女はそう答えた。そこからは特に会話もない。

 爆撃機部隊は予定通りに現れた。
 中尉と俺は、爆撃機の大隊の真っ正面から突撃する形になる。
 このまま行けば敵の集中砲火で蜂の巣。生きては帰れないだろう。
 にもかかわらず、彼女はスロットルを上げ、更に加速した。爆撃機の銃座に座っている兵士が笑っている。もちろん実際に見えたわけではない。ただ俺なら笑うね。大声を上げてゲラゲラ笑ってやる。
 そしてまさに爆撃機の射界に入ろうとしたその時だった。

 右奥に見える雲の影から二機のスピットが飛び出し、敵の爆撃機が密集している中へ飛び込み、翼に埋め込まれた機関銃が閃光を放った。
 俺達は敵の注意を引きつける囮だったらしい。爆撃機の下で護衛をしていた戦闘機が、火を噴いて高度を落とし、隊から離れていく。
「突っ込むぞ」
 無線から、彼女の叫ぶ声がする。
「了解」
 機体の操縦に全神経を集中させる。爆撃機の方は予想外の攻撃にまごついているのか、攻撃してくる様子はない。訓練不足も甚だしいな。
 正面にいる爆撃機は合わせて24機。左前方の中尉の機体の尾翼が微かに動き、それを確認した俺は隊長機の動きとシンクロするように機体を操った。
 中尉の機体が爆撃機の主翼の下を、胴体とエンジンの間を抜けていく。負けじと俺も爆撃機の胴体を舐めるようにパスした。

 8機目の爆撃機が、火を噴きながら眼下に広がる草原へ落ちていく。
「そろそろ味方の部隊が到着する。混乱を避けるために撤収するぞ」
 隊長の言葉に従い、俺達は帰路についた。


 おっす、オラたな。久しぶりに働いてみた(サイト管理人的な意味で

 というわけで戦闘機ものだ。
 どういうわけだ、というつっこみは総理大臣あたりに言ってくれ。

 閑話休題

 遙か昔、戦闘機が主役の話が書きたいと思って書いてみたのがこれです。

 途中でこの先の展開が思い浮かばなくなったのでターミナルドグマに捨てた。それを先日、たまたま再発見したのだが、このまま廃棄するのは少しもったいないかなと思ったのでここに置くことにした。そんな感じ。

 そしてBf-109可愛いよBf-109。実はタイフーンの方がすき。
 でもトムキャットはもっと好きです。
(c) 2008 たな.