Trash Basket Notebook
--page15:傘

 電車に乗っていた。都心を走る、環状線だった。
 ドアのすぐ隣のシートに座っていると、向かい側の扉の横に忘れられている紺色の傘が目に入った。白い楕円形の模様がいくつも描かれた婦人用の傘だ。柄の付け根の部分には、銀色の何かがぶら下がったストラップがつけられていた。
 駅で電車が止まり人が降りても、傘は変わらずそこにあった。
 半周ほどして、ある老婆が降りた後に女の人が傘を持って呼びかけた。
 この傘、忘れ物ではありませんか?
 老婆は振り向きもせず去っていった。女の人は傘を元通りにしてシートに座った。二駅ほど過ぎてその女の人は降りた。
 また半周ほどすると、小さな子供を連れた母親が乗ってきた。その親子は傘が置いてあるドアの隣にあるシートに座った。ドアの近くに座った子供が、傘を持って遊び出す。
「あら、誰かの忘れ物かしら?」
 子供の持っている傘に気が付いた母親が言う。「みーちゃん、もとに戻しましょうね」
「やだ。これみーちゃんのだもん」
 みーちゃんと呼ばれた子供は傘を抱いてそう言った。
「みーちゃんのじゃないでしょ。これは誰かの忘れ物よ」
「ワスレモノ?」
 みーちゃんが首を傾げた。
「そう、忘れ物。きっととても大切なことがあって、傘のことを忘れて電車を降りちゃったのでしょう」
「ん……」
「その人が困っているといけないから、元に戻しておきましょうね」
「わかった」
 みーちゃんは傘を元あったところに戻した。次の駅で、その親子連れは電車を降りた。
 それから何周もしているうちに、黒っぽい雲が空を覆って、雷が鳴り雨が降り出した。
 天気予報も予測していなかった雨らしく、電車に乗ってくる人たちはみんなずぶ濡れだった。
 いろんな人が乗ってきた。制服姿の学生や、スーツ姿のサラリーマンに、杖をついているおじいさん。
 ある駅で電車が止まったとき、髪の毛を茶色に染めた若い男の人が、ひょいと傘を持っていってしまった。

   ◇

 6月のある日。三日間降り続いた雨が止んだ日。
 近くのコンビニで僕はあの傘と再会した。傘の先は潰れ、骨も一本折れていたが、そこには確かにあの日見たストラップがついていた。
 あの時は、銀色ということしか分からなかったストラップ。手に取ると、それはキリンの親子だった。子供のキリンが親のキリンに首をこすりつけていた。
 不思議な気持ちだった。
 例えるなら昔に無くしたものを取り戻したような、そんな気分だった。
 傘立てから傘を抜きかけて……元に戻す。もうこの傘は別の人のものだった。
――いや、最初から僕のなんかじゃなかった。今も、あの時も、他人のものを奪おうとする勇気が無いだけだ。
 それでも僕らは知らず知らずのうちに他人のものを奪いながら生きている。
 例えば本を買う。そうすれば最後の一冊を手にすることができた人は買えなくなる。
 そこに積極性があるかどうかで、結果は同じだった。

みなさんお久しぶりで御座います。たなです。
実はこの後に、現在製作しているゲームの主人公による独白が書き込まれています。デスクトップに置かれたmemo.txtで書かれたからです。上には『おいしいサンドウィッチの作り方』とか書いてあるカオス。
しかしこうして読み直してみると……なんかブツンとテレビを消したときのような終わり方だなあ。これでいいだろうか、いやよくない(反語)。
まあだからこそ、くずかごに入れられたわけsですよ。だからこれでいいと思いたい。
それはそうと、tbnのソース(webサイトの表示方法を指示する設計図のようなもの)が汚いことに我が輩は驚嘆した。これはいけない近日中に書き直さねば。
ちなみに冒頭の部分、忘れ物の傘ですが、今日(07'08/22)僕が名古屋市営地下鉄名城線で見たものです。ストラップはついてません。心当たりのある方は……えー、どこに問い合わせればいいのだろう。とりあえずこんなところではなく市営地下鉄のホームページへ行ってみてはどうでしょうか。
追記:数日後
ちょっぴり修正しました。
(c) 2007 たな.