Trash Basket Notebook
--page14:現実バーティゴ

夏休みに行った、家族旅行の帰りのバスでのことだ。空は青く、遠くでは入道雲がもくもくと育っていた。
私と姉はバスの一番後ろからひとつ前の席に座っていて、父と母はその前の席に座っている。
バスが発車して30分程経った頃だっただろうか。前方の席に座っていた若い男が突然立ち上がり、通路へ出た。
それを見たバスガイドが、男に席へ座るように促す。
その直後、発砲音が車内に響き、バスガイドは腹部から血を流して崩れた。
男は銃口をこっちに向けて、運転手に向かって何か叫んでいる。
隣に座っている13歳になったばかりの姉が言った。
――バスジャックだ、と。
前屈みになって前の席に隠れながらその男の声を聞くと、片言で西にある隣国へ出たいと言っているのがわかった。
運転手が無理だと言うと、男はそれなら乗客を殺す、と言う。
しばらく男の叫び声が続き、二回目の銃声で前方の席に座っていた小さな男の子が、頭から血を流しながら通路に倒れた。
男の子の母が悲鳴を上げ、男にうるさい、と撃ち殺される。
朱色の飛び散った車内は見たことのない世界だった。
目を開けているだけで気分が悪くなり、銃声が響くたびに自分の中で何かが崩れた。
男は引き金を引くことを止めず、車内はどんどんと現実を失っていく。
しばらくすると母が撃たれ父が撃たれ、姉が叫んだ。拒絶だった。
そして姉も撃たれた。銃弾は眼球を貫いて即死だった。
ここまで来ると、もういっそ死んでしまいたい。車内に現実なんて、欠片も残っていなかった。
悲しいのか悔しいのか、理由は分からないけれど涙が止まらなかった。
通路に立っている男が、私に向かって引き金を引く。
その銃を見た瞬間、止まらない涙の理由がわかった。拒絶だった。

さー、trash basket notebook第14弾は理不尽殺戮シリーズ第2弾。違うか。
なんか響きが気に入ったぜ。理不尽殺戮シリーズ。
コレは去年の10月くらいに書いたのかな? よく覚えてませんが、割と前であるのは確か。
実は今書いている空の話の根底にある話……でした。最初は。その後世界をひっくり返す大編集があって没になったらしい。
たまたま読み返してみたら、これは単体でいけるのでは? ということで公開されることになった数奇な運命の文。いや、数奇でもないか。
タイトルのバーティゴというのは飛行中に陥る空間識失調のことです。雲の中で格闘機動をするとまず間違いなく陥るそうな。
(c) 2007 たな.