Trash Basket Notebook
--page13:銃とワイン

事件が起きた時、男は店の奥でワインを選んでいた。いつもと同じビールを選んでいれば、今頃家でくつろいでいただろう。ただその時は、ワインが飲みたかったのだ。店内には軽快なピアノジャズが流れている。
時刻は夜の九時をまわった。半端な規模のこの町では、九時以降になると大通りでさえ人通りが無くなってしまう。その日もいつもと同じように、店の外を歩いている人影はなかった。
ワイン棚と睨めっこをしていると、店の入り口――レジの近くから人を殴る、バコッというような、なんとも例えがたい音が聞こえてきた。
陳列棚の間から見れば、女店主と中学生くらいに見える少女がレジの前で取っ組み合いの喧嘩をしている。
興奮した女店主が転び、その上にワンピースを着ている黒人の少女が跨った。少女が続けて、店主の顔を殴りつける。
「マウントポジションだ」
意味もなく、言ってみる。二人とも、こちらには気が付いていないらしい。女店主は助けを求めようともしないし、少女はわき目もふらず拳をふるい続けている。
しばらくすると少女は女店主から離れて、駆け足で店を出て行こうとする。女店主はレジの中へと逃げ込んだ。
自動ドアが開き、少女が店の外へと出ようとした瞬間、女店主は拳銃――おそらくレジに置いておいた護身用の物を少女に向けると、引き金を引いた。
パン、という音とドン、という音が混ざったような銃声が店の中に響き、少女は背中から血を流して倒れた。
女店主の顔がみるみる青ざめていく。きっと感情に流されて何も考えずに引き金を引いたのだろう。引き金の重さをわかっていない人間が銃を持つとろくな事が起こらない。
女店主は銃をレジの下に隠すと、こっちのワイン棚に向かって歩いてきた。とっさに隣の列に移動する。女店主はワイン棚の前、さっきまで自分が立っていたのと同じ場所に立つと、そこから一番か高いものを持って少女の元へと戻っていった。
女店主が倒れている少女の隣にしゃがみ、少女の体をひっくり返す。
少女はまだ息があるのか、何か喋っているがこちらからは聞き取れない。女店主はその少女にワインのボトルを持たせた。その後そのボトルを出入り口近くに転がし、次に少女を出入り口に向かってすこし引きずった。
どうやら少女がワインを盗もうとした、というシナリオを考えついたらしい。少女を引っ張ったのは、撃たれた後も逃げようとして這っていた、ということだろう。
次に女店主は電話を手に取った。相手は警察だろう。撃った事実は隠しようがないから、それならできる限り刑が軽くなるようにしよう、といった感じか。
彼女はまだ、ここにいる「もう一人の関係者」に気が付いていないが、果たして今見たことを警察に伝えるべきだろうか。
殴り合いを始めた時点で止めに入れば、少女は死ななかったかもしれない。
そんなことを考えながら、女店主がレジから離れた隙に店を出た。
この事件がどうなったのか。新聞にはこう書かれていた。
「白人店主、黒人少女を銃殺するも無罪〜無くならない人種差別」
もしも事件の真相がわかっていたのなら、この判決はかわっていただろうか。

息抜きに書いてみたり。1時間でこれだけ書ければいいほうかな、と。
この話は数年前に米ロサンゼルスで起きたある事件が元になっているワケではないのですが、その事件を参考にしながら書きました。
その事件で黒人の少女はオレンジジュースを盗んでますし、韓国系の店主は盗もうとした少女にむかってまず椅子を投げて、その後発砲しています。
最終的に店主は5年間の保護観察と400時間の社会奉仕、罰金という判決を受けたそうです。これに対して黒人側は「人殺されたんですよ?」と怒ったそうな。
でまぁ何が言いたいのかというと、リンカーンが奴隷果報宣言をしてから150年たった今でもこういう事が起こっている、ということです。
どう思いますか、このこと。
……珍しく重いっすね。ウチのサイトらしくない。
(c) 2007 たな.