Trash Basket Notebook
--page11:行方不明

――ではまず目を閉じて。肩の力を抜いて下さい。……そう、いい感じです。
昼の喫茶店。
薄暗い店内に、客は自分だけ。
カウンターの一番奥の席で、髭を生やした店主と向かい合って座っている。その間には、湯気を立てるコーヒーカップがひとつ。
店主が突然、「夢を見せることが出来るんです、私」と言ったのがはじまりで、今こうして、夢を見る準備をしていた。
――それから、そう……
少し間を置いて、店主は続けた。
――江戸時代……ですかね。みんな和服です。そしてあなたは、旅をしてるんです。旅人ですね。けれど目的は、無いようです。
――隣には若い男が一人。旅の途中で知り合ったようです。

   ◇

日が暮れる少し前に、今日の宿に着いた。
珍しく他の客が居なかったが、後で入ってくるのだろう。
「なぁ」
ちょうどよそ者がいないところで、相方に相談することにした。
「なんだい」
そう言って、ソイツは振り返った。
二日前に同じ部屋に泊まって、少し話すと途中まで同じ道を行くことが分かったので、それなら一緒に行こうと言いだしたのは、この男だ。
「……いや、なんでもない」
「なんだよ、気になるな」
「なんでもないよ」
その顔をみて、相談するのは止めた。
優しそうで、平和な顔だったからだ。

   ◇

その後部屋に入ってきた同じ二人組の旅人と、相方が寝たのを確認して、宿を出た。
右手には小さな鎌がひとつ。
目的は―――。
理由はない。ただ、体が血を求めているのだろう。数日前から湧き出てきた衝動は、もう抑えられなくなっていた。
――しかし、こんな時間に人が出歩いているわけもなく。
とうとう、町の外れに来てしまった。
分かっている。
そうやって獲物を探す振りをしていれば、衝動が少しだけ抑えられることを。
だから人がいないと分かっていても、凶器を持って宿を出る。
宿に戻ろう。
道を戻り始めた時に、彼女の背中を見つけてしまった。
ドクン、と心臓が鳴る。
鎌を握る右手に力が入る。
――なんで、こんな時間に、出歩いているんだ、と。
彼女が振り返り、目が合った。
十五、六歳だろうか。
もう一度ドクン、と心臓が鳴り、体は弾かれたように跳んだ。
左手は彼女の口を塞ぎ、鎌の刃は彼女の首に当てられている。
しかし何故か、彼女は抵抗しない。
これでもかという程、無抵抗。
つまり今、彼女の命は自分次第。
しかし、――いいのか?
だめだ。ダメに決まってる。
なぜだ?
倫理の問題だ。
でも人は他にもたくさんいる。その中の一人くらい、いなくなっても。
……いいじゃないか。
刃が動き、彼女の白く、綺麗な首に赤い線が入る。
そしてその端から、血が滴った。
血だ。
血だ。
血――。
東の空が、いつの間にか明るくなって。
ついに、彼女の首を切り落とすことはできなかった。

   ◇

宿に戻ると、ちょうど相方が出てきたところだった。
「スマン、ちょっと出かけていた」
隣には、あの少女がいる。彼はどう解釈するだろうか。
「……そう言う、ことなのか?」
「違う」
「……そうか。もう出るぞ。」
「ああ、わかった」
相方と、歩き出す。
――私も
後ろで、何かが聞こえた気がするが、気にせずに。
「私も、行きます」
こんどははっきりと、聞こえた。
相方は聞こえなかったのか聞こえたのか、そのまま歩き続ける。
「勝手にしろ」
町を出て行く足音は三人分。
――彼女には、親がいないらしい。後で知った。
なにやら色々あって、あの前日に、住まわせて貰っていた家を追い出されたそうだ。
行くあてもなく、金も無く、そろそろ死ぬのかしら、などと思っていたら首に鎌を当てられ。
「あん時はホントに死神かと思ったよ」
とのこと。
ところで、親が死んでから預けられた最初の家は、すごくよくしてくれたらしい。
しかし彼女は、その家の場所を憶えていないという。
そして、旅の目的はその家を探すことになった。

   ◇

喫茶店の窓から、夕日が差し込む。
店の中では主人が一人、コーヒーカップを洗っている。

ども。tanakaです。
この時代に目的もなく旅が出来る人はいるのでしょうか。
相方の目的は、どっかのお寺にお参りに行くとか、そんな感じでしょう。たぶん。
彼が帰って来られなかったのは『夢の中で存在理由が出来てしまったから』でしょうか。
……よく分かりません。困りました。
あと、この頃の旅館は相部屋になることが多かったみたい。予約とか出来ないもんねー。
(c) 2006 tanaka.