Trash Basket Notebook
--page09:隙間

地面を焼く、暑い暑い夏の日差しのなか。
その青年は緩やかな石段を、自販機で買ったミネラルウォーターのペットボトルを片手に、着替えの入った重いスポーツバッグを肩から下げて登っていた。
階段は低い山の斜面に造られ、振り返れば麓の小さな町と、その向こうに広がる青い海が見えるだろう。
それにしても暑かった。
        □
階段の先には小さな駅があった。
線路は山肌を削って作られた僅かな平地に敷かれている。
当然、片方は斜面で反対は絶壁だ。
時刻表を見ようとしたその時、絶妙なタイミングで列車が入って来る。
色褪せた赤い車両の二両編成だった。
ブレーキの音と共に扉が開き、中から冷たい風が漏れる。
誰もいない車両に乗り、海が見える側の、青い七人掛けシートの一番端に腰掛ける。
暫くすると爺さんが一人、隣のドアから乗ってきた。その爺さんは車両端の優先席に、ゆっくりと座った。
シートのフレームに肘を乗せ、頬杖をついて、開きっぱなしのドアの向こう、がらんどうのホームをぼんやりと見つめる。
この駅は終点だった。列車は引き返すだけで、ここからもう、続きは無い。
まるで、今回の旅の象徴だった。
逃避の先、辿り着いた小さな町。そこに、自分が入る隙間は無かった。否、他人が入る隙間が無かったのだ。外に対して閉じていた。
単純な隙間なら、都会にいくらでもあった。けれど、いま探しているのは違うのだ。
――なにか、わからないけれど、それは隙間のひとつで。
一度も来たことの無い町にはあるのかもしれないと、来てみたけれど、結果は空振りだった。
……もう、引き返すしかない。
前に住んでいた街には、隙間しか無かった。中に入れば集団に埋もれて自分という個は隠される。
でもそれは個の消滅にも似ていて、自分という存在が酷く不確かになる。
列車が微かに傾き、シートが軋んだ。
ふと眼に意識を戻すと、ちょうど女の子が一人、乗ってきた所だった。
白いワンピースの上に袖のないエメラルドグリーンのシャツを着ていた。
茶色がかった髪の毛は肩より少し下まで伸び、大人しそうだ。
目鼻立ちの整った顔には幼さが残ってる。
彼女は隣の席に座ると、すぐに寝息を立て始めた。
列車が走り出すと、彼女の頭が肩に乗った。
疲れていたのか、起きる様子はなく、今も耳元で小さな寝息を立てていた。
        □
「……あ」
彼女の声だった。
列車が走り始めてから、二十分ほど経っている。
相変わらず海の近くを走っていた。
「起きたか?」
「えーと、もう少しだけ寝ててもいいですか?」
「降りる駅までな」
彼女はまた眠ってしまった。
ふと、これが探していた隙間なのかも知れない、と思った。
隙間は、外からはそれと簡単に分かるが、中からではそれが分かりにくい。
――結局、誰かに見てほしかったのだろう。
誰かに頼ってほしかったのだろう。
遠い海は青く光り、いつしかその少女に恋をしていた。

こんにちは、tanakaです。
まだ五月だというのになんだかクソ熱いです。
まぁ、そんななか夜中の二時にこんな物書いてました。
今回は携帯だけで書きました。tanakaとしては初めての試みです。まぁ、とりあえず成功と言うことで。
最初の「□」までの間は脳内でCLANNADの夏時間が流れていたので、持ってる人は聞きながら読むと少し感じがでるかも知れません。 いつかコレの続きを書きたいな、と思うくらい気に入ってる作品です。時間の割には長さ的にも良い感じだし。
(c) 2006 tanaka.