Trash Basket Notebook
--page03:バス

午後6時10分。
今にも雨が降ってきそうな灰色の空。
会社の前の道を挟んで反対側のバス停に向かう。
家には二人の子と妻。
既に青になっている信号を渡り始める。
と同時に右から突っ込んでくるトラック。
居眠り運転。
その四角いライトが目の前まで近づき
――そして、いつの間にかバスの座席に座っていた。
「……。」
不思議なことに、自分以外の乗客は三人しかいない。
空は今にも雨が降り出しそうな灰色。
バスの外を、ぼんやりと見る。
いつもは文庫本を読んでいるのだが、昨日うちで読んでいて持ってくるのを忘れた。
通り過ぎていくビル。
気づいてしまった。
その風景の中に、若い頃の自分がいることに。
若い女性と歩いていた。
あれは妻だ。
もうプロポーズはしたのだろうか? それとも、まだ付き合い始めて無いのだろうか?
そんな二人はすぐに遠ざかり、視線をバスの中に戻す。
そういえば何故たった三人だけしか乗ってないのだろう。
一人はメガネをかけた女性で、歳は26位だろうか?
二人目は、これも若く、30歳前後の男性。
三人目は高校生風の男子。
そして、今年42歳の自分。
バスが停まり、高校生が降りた。
プシューっとドアが閉まり、再び動き出す。
外では、野球部が練習していた。
これも、自分だ。
フェンスの周りを走る集団の真ん中で、友達と話しながら走っている。
甲子園には出れなかった。弱かったからなぁ。
もう少し見ていたかったが、だんだん霞んで見えなくなってしまった。
安っぽい蛍光灯が点き、車内を照らす。
窓ガラスに、疲れている自分の顔が写った。
そしてまた、ゆっくりと停まるバス。
今度は若い女が降りた。
乗客が男と自分だけになったバスが再び走り出す。
窓の外では運動会。
それも自分の窓だけで、若い男の窓には、また違った風景が映し出されていた。
どういう事か、考えたくなったが、その前に外を見ることにした。
考える事は、いつでもできる。
50m走。
ピストルの合図で小学生が走っていく。
二年生の四組目。
走り出してすぐ、右から三人目の男の子が転んだ。
が、すぐに起きあがって、ちゃんと完走。
あれも自分だろう。あの後、親父が褒めてくれた事を覚えている。
それもフェードアウトして、見えなくなった。
バスが停まる。
若い男が降りた。
そういえばこのバスはどこに向かっているのだろうか。
あの人達は、アナウンスもなく、外の風景も分からないこのバスで、何を目印に降りているのだろう?
急に怖くなってきた。
そしてまた、外を見る。
幼稚園の先生がいた。
母に連れられ、園を出て行く自分に手を振っている。
そして緑色の門が消え、砂場が消え、幼稚園が消え、先生が消えた。
突然肩を叩かれた。
「お客さん、終点だよ」
隣にいたのはバスの運転手。
顔は帽子で分からない。
「あ、すいません」
そういって席を立ち、出口へと向かう。フロントガラスには昔アルバムで見た、生まれたばかりの自分が映っていた。
段を降り、白と黒のラインが交互に並ぶ地面に足を降ろす。すぐ横には、トラックの四角いライト。
プシュー、と扉が閉まり、バスの大きな車輪が回り出す。
――同時に、止まっていた時が動き始めた。
居眠り運転。
止まらないトラック。
近づく、点灯してないライト
そしてその日、自分は死んだ。

えーっと。
なんか死ぬ前に走馬燈のように幼い頃の記憶が……って言うじゃないですか。
それとバス、みたいなイメージ。
他の三人の乗客も(多分)死にました。いや、そこまで考えてないけど。
そういえば、『すいません』と『すみません』ってどちらが正しいんでしたっけ?
まぁ、人のセリフだし、違ってたとしても『わたし』と『あたし』の違いだと思って流して下さい(笑
(c) 2006 tanaka.